今季のスフィーダ世田谷を考えるたび、頭に浮かんでくる日本語がある。
八方塞がり。
どっちを向いても、道がない。
土曜午後、AGFフィールドに伊賀FCくノ一三重を迎える今、この言葉がやけにしっくりくる。スフィーダが今の状況から抜け出す道を探そうとしても、どこを見たって、その先には巨大な何かが立ちはだかっている。
前を見れば、FC東京によって大きく形を変えていく未来がある。後ろを振り返れば、20年以上かけて丁寧に築いてきた市民クラブとしての歴史がある。順位表を見れば、勝点16で8位。直近の結果を見れば、リーグ戦2連敗、しかも無得点。横浜FCシーガルズには0-3で完敗した。
で、土曜のピッチの向こう側を見る。
伊賀がいる。
そりゃ、いるよな。
スフィーダは、もう4年近く伊賀に勝っていない。7度対戦して4分3敗。最初は「また引き分けか」で済んでいたものが、少しずつもっと嫌なものに変わってきた。直近の対戦は2-3、1-2。どちらも勝ったのは、くノ一だった。
日本女子サッカー界のどこかに「開かない扉」があるなら、スフィーダは4年間、ずっとこのドアノブをガチャガチャやっている。
そろそろ蹴破ってもいいじゃん。
これは順位表だけの話じゃない
数字だけなら、なでしこリーグ1部の普通の一試合だ。
伊賀は15試合で勝点26。ここで勝てば、本格的に優勝争いへ食い込める。対するスフィーダは勝点16。見ている方向は、残念ながら逆だ。
ただ、その数字だけでは見えないものがある。今、この2クラブはまったく違う時間を生きている。
伊賀FCくノ一三重は創設50周年を迎えている。「くノ一」という名前そのものが伊賀の忍者文化につながっているくらい、このクラブには土地と歴史が染み込んでいる。
自分たちが何者なのか、分かっているクラブだ。
だからこそ今のスフィーダが面白い。その問いへの答えが、どんどん複雑になっているから。
今のスフィーダを見ながら、同時に、この形のスフィーダがもうすぐ消えていくことも知っている。
AGFフィールドへの移転も、その感覚を強くする。駒沢を離れ、また新しいホームができた。でも、いろいろなものが変わろうとしている時代に、その場所を「ここがホームだ」と感じられる場所にしていかなければならない。
そして残念ながら、ピッチの上も逃げ場所にはなっていない。
濱田貴司監督の言葉も、最近はかなりストレートになってきた。どんなシステムを用意しても、それを実行する個の力と戦術理解がなければ意味がない。そういう話だ。
スタッフも含めた全員が、「プロのサッカー選手とは何なのか」を本気で考えなければならない。そこまで踏み込んだ言葉には、今のスフィーダが置かれている状況がかなり表れている気がする。
矢口真由は、もう自分で選んだ
だからこそ、矢口真由の存在が気になる。
矢口はジェフユナイテッド、そしてWEリーグを離れてスフィーダへ来た。
理由はシンプルだ。
試合に出たい。
サッカー界は「上へ行くこと」が大好きだ。より大きなクラブ。より大きな大会。より高い給料。より大きな舞台。キャリアはいつも階段みたいに語られて、一段下りれば「落ちた」と見られがちだ。
でも矢口は、自分からカテゴリーをひとつ下げた。
加入時、彼女はこう話している。「この決断と過去の自分を肯定できるように頑張りたい」
この言葉、ずっと残っている。
これから何者になるのかを模索しているクラブに飛び込み、この不安定なタイミングでスフィーダを選んだことは間違っていなかったと証明しようとしている。
土曜には、小さな再会もある。篠原沙耶は古巣の伊賀と対戦する。一方、伊賀には元スフィーダの竹島加奈子がいる。一度は現役を退きながら、地元クラブのために復帰し、今は優勝を追っている。
それぞれ違う道を歩いてきたキャリアが、調布の小さな芝生の上で交差する。
サッカーの面白さって、案外こういうところにある。
問題は、伊賀がこういう物語を壊すのがめちゃくちゃ上手いこと
このカードをスフィーダ目線で考えたくない理由が、もうひとつある。
伊賀、本当にやりにくい。
15試合でクリーンシート8回。失点はわずか11。この数字だけでも十分イヤだ。でも実際に試合を見ると、なぜスフィーダにとってこれほど面倒な相手なのかがもっとよく分かる。
秦美結が最終ラインに強度と迫力を与える。伊賀のDFは危険から下がるより、自分から潰しに行ける。だからラインもかなり高く設定できる。その前では中盤がセカンドボールを執拗に拾い続ける。一度攻撃が終わっても、すぐ次が来る。
息つく暇がない。
ただ、妙なところもある。
伊賀最大の敵、たまに伊賀なんだよな。
宮崎戦ではシュート15本。相手には3本しか許さなかった。
結果は0-0。
永井良和監督も、この問題を認めている。チャンスは作れる。でも決まらない。平田ひなのと松田里麻がチーム最多得点者だが、それでも3得点ずつだ。
つまり伊賀には、優勝できそうな守備がある。
でも、優勝できそうな攻撃はまだない。
そこはスフィーダにとって希望になる。
同時に、ちょっと怖い。
もし、その決定力がよりによって24失点しているスフィーダ相手に突然ハマったら?
「誰かが持たなきゃいけないから」ボールを持つだけじゃダメだ
ボールを持ったのはスフィーダ。
ゴールを持って帰ったのは横浜。
シュート数は5対15。
だいたい、それで全部説明できちゃう。
最近のスフィーダを見ていて一番もどかしいのは、ボールがきれいに動いているのに、相手が全然怖がっていない時間があることだ。ボールを持つこと自体が目的になってしまう。
サッカーに「字がきれいでした賞」はない。
試している3-4-3も話を難しくしている。ウイングバックを高く出せば攻撃の人数は増える。でも横浜戦では、その背後にできた広大なスペースへ何度もボールを入れられ、突然3対3にされていた。
伊賀のプレスとセカンドボール回収力を考えると、同じことをやれば一気に危なくなる。
そこで、堀江美月だ。
伊賀がきっちり整えた守備を壊すなら、堀江には思いっきり試合を散らかしてほしい。
174cm。もちろん高さは武器になる。でも面白いのは、そこだけじゃない。堀江がいるだけでDFの立ち位置が変わる。センターバックが引きつけられる。もう一人が寄ってくる。その瞬間、別の場所が空く。
攻撃を終わらせるFWもいる。
堀江は、攻撃そのものの形を変えられる。
伊賀の守備陣形をほんの0.5秒でも歪ませられれば、その空いた場所に入ってきてほしいのが内田美鈴だ。
内田は最近、リーグ通算200試合出場を突破した。でも惹かれるのは経験値そのものじゃない。
タイミングだ。
ほとんど慌てない。
周りが同じ速度でプレーしている中、内田だけが時々、誰も気づかなかった一瞬を見つける。
秦と伊賀の守備を相手にするなら、その一瞬しかないかもしれない。
そして今回も、緊急対応班の出番になりそうだ
今回も、大塚美緒の力が必要になるだろう。
19歳、180cm。今季の彼女は時々、GKというより、次から次へと飛んでくる緊急通報に対応している人みたいになっている。
もちろん、前にいる10人にとっては褒め言葉じゃない。
攻撃的な守備陣形の背後にあれだけスペースを残すなら、増田玲那と渡邊凜は絶対に自由にしたくない選手だ。
増田は守備で戻った直後でも、また一気に前へ出ていける。渡邊には、一見何でもないトランジションを一瞬で危険なものへ変えるスピードがある。
その全部の後ろで、渡邊那奈はスフィーダの保険であり続けている。問題が起きてからではなく、起きそうな場所に先にいる。
伊賀戦では、また明日の新聞を先に読んでおいてもらうくらいじゃないと困る。
この暑さなら、鍵だって溶けるかもしれない
土曜の16時。調布はまだ、とんでもなく暑いかもしれない。
日本の夏サッカーは、もう独自の耐久競技みたいになっている。クーリングブレイク。スタンドで扇子やハンディファンを動かし続けるサポーター。そして選手たちは、温泉にユニフォームのまま放り込まれたみたいな湿気の中で、複雑な戦術を実行しなければならない。
その蒸し暑さの中に、まったく違う現在地にいる2クラブが入ってくる。
伊賀は50周年。追いかけているものは明確だ。リーグ屈指の守備がある。自分たちの形がある。そして優勝という分かりやすいゴールがある。
スフィーダが追っているものは、もう少し説明しにくい。
もちろん勝点。
それは本当に、本当に必要だ。
でも土曜は、この奇妙な移行期のシーズンが、まだ自分たちのものだと証明する試合でもあると思う。
FC東京がやって来る前に。名前が変わる前に。クラブの仕組みが変わる前に。そしていつか、このクラブの歴史が必ず「その前」と「その後」に分けて語られるようになる前に。
まだ、スフィーダ世田谷FCとして戦う試合が残っている。
まだ、自分たちで作れる小さな歴史が残っている。
伊賀に勝つ。
それなら十分、歴史になる。
4年。
7回。
まだ0勝。
八方塞がりなら、もう探し回る必要もないのかもしれない。
ゴジラみたいに、正面からぶち破ればいい。


