横浜F・マリノスがスティーブ・コリカ新監督の就任を発表した時、最初に感じたのは怒りじゃなかった。

純粋な興味だった。

だって、実績だけ見れば反対するのはなかなか難しいじゃん。

コリカはタイトルを持って来た。実績を持って来た。ここ数年のオーストラリア・ニュージーランドサッカー界でも屈指のプロジェクトを成功させた状態でやって来た。

存在すらしていなかったクラブをゼロから作り上げ、創設初年度でAリーグ・プレミアシップを制覇。そして翌年にはチャンピオンシップまで獲得した。

本物の成果だ。

リスペクトに値する。

ただ、それでも頭から離れない感覚がある。

マリノスは同じ問いを何度も繰り返しながら、違う答えを期待しているように見えるんだよな。

マリノスはオーストラリア人監督がいなければ成功できないわけじゃない

ここがいつも見落とされる部分だ。

この話をすると、「反オーストラリアだ」と言われる人も出てくるだろう。

でも、それは違う。

オーストラリア人監督が近年のマリノスに大きな成功をもたらしたのは事実だ。

アンジェ・ポステコグルーはクラブを変えた。

ケヴィン・マスカットはリーグ優勝を成し遂げた。

その功績は誰にも否定できない。

でも、その成功体験が罠にもなっている。

成功した方程式は、いつか安心毛布みたいな存在になってしまう。

クラブは今や、「次の名将も同じ英語圏の指導者コミュニティから現れるはずだ」と信じ込み始めているように見える。

でも、なぜ?

アンジェが来るずっと前から、マリノスはタイトルを獲っていたじゃん。

そこを忘れているサポーターも少なくない気がする。

岡田武史は2003年と2004年にJ1連覇を達成した。

鈴木正治は2001年にリーグカップを制した。

樋口靖洋は2013年に天皇杯を掲げた。

マリノスはオーストラリア人監督でなければ成功できない。

あるいは英語を母語とする監督でなければ勝てない。

そんな考え方は歴史を見れば成立しない。

成功に国籍なんてない。

成功は能力だ。

クラブ史の中でも最高の時代のいくつかは、リーグも文化もクラブも理解していた日本人監督によって築かれた。

スティーブ・ホランドで、この議論は終わるはずだった

むしろスティーブ・ホランドという実験こそ、この発想を終わらせるはずだった。

現実は逆だったけど。

ホランド就任時の理屈は聞き慣れたものだった。

華々しい経歴。

プレミアリーグでの経験。

イングランド代表での経験。

世界最高峰の指導環境。

完璧に見える履歴書。

そして現実がやって来た。

サッカーは無機質だった。

自信は消えた。

チームは迷子になった。

結果は崩壊した。

クラブは近年でも最も失望的な時期の一つへ沈んでいった。

あの時も必要だったのはイングランド人監督じゃなかった。

今も「とりあえずオーストラリア人」でいいわけじゃない。

必要なのは正しい監督だ。

その二つは同じとは限らない。

AリーグはJリーグではない

ここでコリカ支持派と懐疑派は話が噛み合わなくなる。

片方はこう言う。

「タイトルを見ろ」

もう片方はこう言う。

「リーグを見ろ」

どちらにも一理ある。

新規参入クラブで優勝するのはエグいほど難しい。

ゼロから文化を作るのも簡単じゃない。

勝てるロッカールームを作るのはさらに難しい。

そこはコリカに大きな称賛を送るべきだ。

ただ、AリーグとJリーグはそのまま置き換えられる存在じゃない。

違う生態系だ。

選手像も違う。

戦術的な要求も違う。

補強の仕組みも違う。

求められる結果も違う。

Football Managerをやっていると、成功した戦術はZIPファイルみたいに輸出できる気になってしまう。

現実はそんなに協力的じゃない。

ハリー・キューウェルもそれを知った。

パトリック・キスノーボもそれを知った。

そして、本来もっと評価されるべきジョン・ハッチンソンも、新しいものを作るより先に壊れた部分の修復に多くの時間を費やしていた。

コリカの挑戦は、自分のアイデアが国境を越えて通用することを証明することだ。

それは保証されていない。

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