87分。スコアは1-1。林ももがボールの前に立った。
メルボルン・シティでのデビュー戦は、もうすぐ終わるはずだった。一方のウェリントン・フェニックスも、これまで一度も勝てなかった相手に、ようやく敗戦を免れるまであと3分。
新天地での自己紹介なら、もっと無難な方法もあっただろうに。
林が右足を振り抜いた。強烈なフリーキック。GKビクトリア・エッソンは指先で触れたものの、あのシュートを止められる気配はほとんどなかった。ボールはそのままゴール右上へ。次の瞬間、林の姿は歓喜のチームメイトたちに埋もれていた。
メルボルン・シティ、まさかの逆転。苦しい午後を2-1の勝利に変えてしまった。
Hnryスタジアムで行われたAリーグ・ウィメン開幕戦。ウェリントン・フェニックスはマカラ・ウッズのゴールで先制し、試合の大部分で主導権を握っていた。それでも、メリナ・エアーズにPKで追いつかれ、最後は林の一撃に沈んだ。
メルボルン・シティにとっては、いつもの勝利。ただし、それを成し遂げたのは、昨季とはずいぶん顔ぶれの違うチームだった。
林もも、デビュー戦からそんなに派手に決めなくてもいいじゃん
林はブリスベン・ロアーでの2シーズンを経て、メルボルン・シティに加入した。ブリスベンでは38試合に出場し、10ゴールを記録。31歳の日本人MFにとって、Aリーグ・ウィメンは初めての舞台ではない。新人らしく緊張するようなデビュー戦とは、そもそも少し違っていた。
とはいえ、移籍にはお決まりのプロセスがある。新しいチームメイト。覚えなければならない動き。見慣れないユニフォーム。そして「新加入選手たちは、いつになったらフィットするのか」という、毎年恒例の議論。
サッカー界ってさ、人間をレゴブロックか何かだと思ってない?
シティはオフシーズンにホリー・マクナマラ、レティシア・マッケナ、リア・デビッドソン、アレクシア・アポストラキスら主力を失った。この日の先発11人には、なんと7人の新加入選手が並んだ。
林のほか、コートニー・ヴァイン、ジェシカ・ナッシュ、テイラー・レイ、エイミー・メドウィン、デヴェン・ジャクソン、そしてエアーズ。
試合の大半は、いかにも再建途中のチームという内容だった。
ところが、林がボールを蹴った瞬間、そんな話は全部吹き飛んだ。
適応だの連係だの、真面目な議論が一瞬でどうでもよくなるデビュー弾。メカゴジラに巨大レーザー砲が搭載されているなら、チームへの統合について会議を6回も開く必要なんてない。撃てばいい。それだけだ。
もちろん、林は試合を通じて献身的に走り、チームのために働いていた。でも、この勝ち方をしてしまったら、みんなの記憶に一番残るのは、やっぱりあの一撃だろう。
実はウェリントンのほうが良かった。それがまた悔しい
ウェリントンにとって、この結果が特に腹立たしいのはここからだ。
ベヴ・プリーストマン監督のもと、フェニックスは立ち上がりから積極的に仕掛けた。高い位置からプレスをかけ、大幅にメンバーが入れ替わったシティの守備を揺さぶる。
インディア=ペイジ・ライリーが早い時間帯にGKマレナ・ミエレスのセーブを引き出し、ピア・ヴロックはライン間のスペースを巧みに使った。そして31分、ウッズがミエレスを越すシュートを放つ。
しかし、ボールはファーポストを直撃。
そのときは、ちょっとした不運に思えた。約1時間後には、とても「ちょっと」では済まなくなるのだけれど。
後半開始から6分。ウェリントンのプレッシャーが、ようやく得点につながった。
ヴロックがタメカ・ヤロップに向けてクロスを送る。ペナルティエリア内でボールがこぼれ、最後はウッズが弾むボールを押し込んだ。1-0。ホームチームが先制した。
さらに9分後、ウッズはGKをかわして再びネットを揺らしかけたが、今度はオフサイドの旗が上がった。
試合を支配していたはずなのに、なぜ最後は相手が喜んでいたのか。
そんな敗戦を振り返るとき、必ず思い出してしまう場面がある。この試合なら、まさにここだ。
メルボルン・シティに必要だったのは、ほんの少しの隙
シティは慌てなかった。
王者って、こういうところが本当に厄介なんだよね。
後半が進むにつれ、ウェリントンの運動量は落ち始めた。ニュージーランド代表の選手たち数人は、パナマでの代表活動から戻ったばかり。疲労の影響もあった。
プリーストマン監督は試合後、一部の選手について「必死に持ちこたえていた」と表現した。疲れ切った選手の状態を語るには、なかなか生々しい言い方だ。
シティが徐々に敵陣へ押し込み始める。
そしてウェリントンは、自ら相手にチャンスを与えてしまった。
73分。エマ・テイラー=メインがペナルティエリア内でテイラー・レイを倒し、シティにPKが与えられる。
キッカーはエアーズ。エッソンはコースを読み、手も届いた。それでもボールはすり抜けてゴールへ。1-1。
エアーズが初めてシティとプロ契約を結んだのは2017年、まだ16歳のときだった。それから約10年。復帰後初ゴールが、チームを敗戦の危機から救った。
それでも、ウェリントンには勝つ時間が残されていた。
82分、アビー・アーセグがファーポストで高く跳び、ヘディングシュート。だが、ミエレスが見事な反応でセーブする。
そして、その5分後。
ララ・ウォールがウェリントンのペナルティエリア付近で途中出場のケリー・マグローティを倒した。
ボールの前に歩み寄ったのは、林ももだった。

ウェリントン対メルボルン・シティ。また同じ結末って、どういうこと?
ウェリントンにとって一番つらいのは、これが初めてではないということだ。
フェニックスがAリーグ・ウィメンに参入して以来、メルボルン・シティとの対戦成績は10戦10敗。今回の勝利で、シティは対ウェリントン戦の全勝記録を10試合に伸ばした。
しかも5か月前、2025/26シーズンのグランドファイナルでも、シティはウェリントンを3-1で破って優勝している。
シーズンは変わった。シティの顔ぶれも変わった。でも、結果だけは変わらない。
だからこそ、今回の敗戦は余計にこたえる。
ウェリントンは今季、大型補強を敢行した。ヤロップ、アーセグ、ライリーといった経験豊富な選手を迎え、指揮官にはプリーストマンが就任。今回の内容を見ても、昨季より強くなっていると感じさせるものは十分にあった。
プリーストマン自身も、そう考えているようだ。
試合後、監督はそう語った。ボール保持や試合のコントロールは改善されている。ただ、チャンスを確実に仕留める勝負強さが必要だという。
確かに、その通りだと思う。
でも、別の見方もできる。
ウェリントンはポストを叩き、1-0とリードし、追加点はオフサイドで取り消され、1-1の場面でも相手GKにスーパーセーブを強いた。
それなのに、勝点3を持ってタスマン海を渡って帰ったのは、またしてもメルボルン・シティだった。
また、だ。
試合後の温泉で疲れを流せたとしても、この悔しさまで簡単に洗い流せるとは思えない。
ウェリントン戦でメルボルン・シティの得点を決めたのは誰?
メルボルン・シティは73分、メリナ・エアーズがPKを決めて同点に追いついた。そして87分、林ももが鮮やかな直接フリーキックを決め、逆転勝利をもたらした。
ウェリントン・フェニックスの得点者はマカラ・ウッズ。51分に先制ゴールを記録している。
試合結果:ウェリントン・フェニックス 1-2 メルボルン・シティ
マイケル・マトリチャーニ監督にとって、この勝利には大きな意味がある。主力が何人も去り、先発メンバーの大半が入れ替わった。開幕戦で敗れていても不思議ではない内容だった。
それでも勝った。しかも、Aリーグ・ウィメンでの無敗記録を11試合に伸ばしている。
監督たちは、こういう勝利をよく「チームの底力」と呼ぶ。
もちろん、それも間違いじゃない。
でも、ときには理屈を超えた一発を決められる選手がいる。それだけで試合がひっくり返ってしまうこともある。
林は再建途中のメルボルン・シティに加わった。そして公式戦わずか1試合で、戦術ボードの説明やプレシーズンの連係論議より、ずっと長く語り継がれそうな瞬間を生み出した。
ウェリントンは確かに進化していた。シティにも弱点はあった。これまでの嫌な流れを、ようやく断ち切れるはずだった。
でも、林がボールに向かって3歩踏み出した。
そして、すべてが変わった。
新しいユニフォーム、一発のFK。
また開いた、ウェリントンの古傷。
勝つのは、またシティ。


