アイントラハト・フランクフルト戦。松本真未子の午後が終わった瞬間には、なんとも嫌な象徴性があった。

マインツは勝っていた。

引き分けにしがみついていたわけじゃない。ドイツ女子ブンデスリーガの強豪を相手に、なんとか大量失点だけは避けようとしていたわけでもない。

勝っていた。

開始6分、カーラ・バートマンが先制。30分にはサビナ・ジャクソンが追加点を決めた。16,500人が集まったMEWAアレーナで、マインツは2-0とリードしてハーフタイムへ。昇格してから初めて、ブンデスリーガ初勝利が本当に手の届くところまで来ていた。

でも、後半のピッチに松本はいなかった。

代わって入ったマリサ・シェーンにとっては、これがブンデスリーガデビュー。そこから後半のわずか12分間でフランクフルトが3ゴールを奪い、試合は2-3で終わった。

もちろん、この逆転を「GKが代わったから」の一言で片づけるのはあまりにも雑だ。フランクフルトは90分間で21本のシュートを放っている。相手はかなり強い。そして後半は、試合そのものの流れが完全に変わった。

それでもマインツにとって、ちょっと見たくなかったものが見えてしまった。

松本真未子のいない世界。

そして今、その世界に慣れなければならない。

マインツは9月23日、フランクフルト戦で松本が左膝内側側副靱帯を負傷したことを発表した。今後数週間は離脱する見込みで、具体的な復帰時期は回復状況次第となる。

女子ブンデスリーガでまだ最初の勝点を探しているチームにとって、これは痛い。

WEリーグからマインツへ

松本をきっかけにマインツを知った日本のファンなら、彼女がドイツでこれほど重要な存在になっている理由も、日本で築いてきたキャリアを振り返ればよく分かる。

千葉県出身のGKは、浦和レッズレディースの育成組織で成長。ジュニアユース、ユースからトップチームへ進み、その後マイナビ仙台へ移籍した。

WEリーグのファンにとって、松本の名前がより身近になったのは仙台時代だろう。

WEリーグ初年度となった2021/22シーズンはリーグ戦19試合に先発。2022/23シーズンも19試合、2023/24シーズンは全20試合に出場した。3シーズンで58試合。そして2024年夏、日本を離れてドイツへ向かった。

この時期には、彼女のキャリアを考えるうえで面白い意味がある。

松本自身、WEリーグの誕生が自分のキャリアを大きく変えたと語っている。もしあのタイミングで日本女子サッカーのプロリーグが始まっていなければ、自分はアマチュアのままだったかもしれない、と。

でも実際には、WEリーグが彼女をヨーロッパへつなぐ道の一部になった。

そのサッカー人生はさらに遡る。仙台の前には浦和。その前には松戸FC、浦和レッズレディースジュニアユース、浦和レッズレディースユースがあった。

だから2024年に松本がマインツへやって来たとき、クラブが獲得したのは単なる「新しいGK」ではなかった。

すでにプロサッカーを経験し、日本女子サッカーを代表する育成組織のひとつで成長し、WEリーグで3シーズンを戦い抜いた選手だった。

そしてドイツで、さらにすごいことが始まった。

2年で2度の昇格。そしてブンデスリーガへ

松本のマインツでの物語は、とにかく速い。

2024年に加入したとき、マインツはまだレギオナルリーガを戦っていた。それが2年後、松本は女子ブンデスリーガのゴールマウスに立っていた。

2025年に2.女子ブンデスリーガへ昇格。2026年には、さらにトップリーグへ。松本は2度目の昇格を果たしたシーズンでリーグ戦25試合に出場した。ブンデスリーガ初挑戦を前に契約を更新した際、クラブは松本をゴール前の信頼できる存在であり、過去2シーズンの成功における重要な要素だったと評価している。

ここ、大事なんだよな。

昇格したクラブに、昇格してから加わる選手はいる。

松本は、その階段そのものを一緒につくってきた。

周囲のDFを知っている。山下喬監督のサッカーを知っている。カテゴリーが変わるたびに、マインツと一緒にその景色を見てきた。

そして今季は、ドイツ最高峰の厳しさまで一緒に食らっている。

スコアだけでは、松本真未子は語れない

数字だけ見れば、松本のブンデスリーガ最初の5試合はかなり厳しい。

5試合。5敗。

マインツは14失点。

でもGKって、失点数だけ見ても実際のパフォーマンスはほとんど分からないポジションじゃん。

ブンデスリーガデビューとなったヴェルダー・ブレーメン戦が、まさにそうだった。

30分過ぎ、ブレーメンがPKを獲得。イザベラ・ヤロンが低くコースを狙った。松本は読んでいた。約2,500人が見守るブルッフヴェークシュタディオンで、素早く身体を落としてセーブした。

その直後、ブレーメンは結局先制し、最終的には2-1で勝利した。

順位表に残るのは、またひとつの敗戦。

でも、あのPKストップまで一緒に消す必要はない。

次はバイエルン・ミュンヘン。

王者とのアウェーゲームは0-2で敗れた。ただし2点目を許したのは後半アディショナルタイム。松本とマインツ守備陣は、ヨーロッパでも屈指の攻撃力を持つチームを、ほぼ試合終了まで射程圏内に置き続けた。

ケルン戦は……まあ、きつかった。

0-4。

そしてフライブルク戦。ここでも松本が見せる。

0-3で迎えた後半アディショナルタイム4分、フライブルクにPK。決まれば4点目だった。

ルカ・ビルクホルツが蹴る。

松本が止める。

ブンデスリーガ最初の4試合でPKを2本受けて、2本ともセーブ。

昇格したばかりで、どうしても相手にチャンスを作られるチームにとって、こういうプレーはめちゃくちゃ大きい。

苦戦しているチームのGKに求められるのは、全部を消すことじゃない。

燃え広がらせないことだ。

シュートストップだけじゃない

松本のGK観も面白い。

日本時代に彼女が語っていたのは、派手なスーパーセーブよりも「予測」と「正確さ」だった。考え方は実にシンプル。ちゃんと予測できていれば、そもそも誰もが覚えているような大ジャンプのスーパーセーブをする必要はない。

練習着は汚したい。でも試合のユニフォームは、できれば汚したくない。そんな冗談も口にしていた。

マインツが頼るようになったGKが、どんな選手なのかよく分かる。

松本は身長168cm。欧州でプレーするGKとしては比較的コンパクトだ。だからサイズとリーチだけでは戦えない。

予測。

ポジショニング。

コミュニケーション。

判断。

出るのか。

残るのか。

相手が何をするのか、その一瞬前に読む。

昇格チームでは、こういう能力がさらに重要になる。

マインツはバイエルンじゃない。毎試合ボールを支配して、相手のシュートを遠くからの2、3本だけに抑えるなんて戦い方はできない。

押し込まれる時間はある。クロスも飛んでくる。トランジションもある。GKがピッチ上で最も忙しい選手になる時間帯だってある。

松本は開幕からずっと、まさにそんな環境の中にいた。

そして、フランクフルト戦が来た。

チームを救ったプレー。そして負傷

21分、フランクフルトのニーナ・リュールセンに至近距離からチャンスが訪れる。

松本とDFサビナ・ジャクソンが同時にボールへ飛び込み、なんとかゴールの外へ逃がした。

マインツが必要としていた、まさにそんな守備だった。

その後も松本はレベッカ・ブロムクヴィストを止める。プレー後には治療が必要だったが、前半45分を完走した。マインツは2-0でロッカールームへ戻った。

でも、松本は戻ってこなかった。

5日後。

診断結果が出た。

左膝内側側副靱帯の負傷。

数週間の離脱。

必要な場所を読み、必要な瞬間にそこへ身体を置く。そんなプレーを武器にしてきたGKが、その仕事をした結果として離脱することになった。

残酷だ。

マインツ、困った

ただでさえ、ブンデスリーガへの適応は簡単じゃなかった。

開幕5試合で勝点0。

14失点。

得点はわずか3。

フランクフルト戦は、今季ここまでで最も希望が見えた試合であり、同時に最も痛い試合にもなってしまった。前半45分だけを見れば、マインツがブンデスリーガの強豪を傷つけられることは証明できた。カウンターは効いていた。球際でも戦った。そしてチャンスを決めた。

それが後半、全部逃げていった。

もう一度言うけど、それを松本の交代だけで説明するのは違う。ましてシェーンに責任を押しつけるなんて論外だ。いきなりブンデスリーガデビュー。それも、かなり厳しい状況で投入されたのだから。

ただ、これからマインツが確かめなければならないことはある。

松本が与えていた「安心」を、別の形で再現できるのか。

セーブだけの話じゃない。

一緒にカテゴリーを駆け上がってきたGKとDFの関係性は、数日でコピーできるものじゃない。DFは松本の声を知っている。どこに立つか分かっている。クロスに出てくるのかどうか、姿を見る前から感覚で分かることだってある。

新しいレベルで守備陣が試されている今だからこそ、その感覚は大きい。

自信が揺れているときなら、なおさらだ。

マインツは適応しなければならない

とはいえ、この問題の中にもチャンスはある。

シェーンには、ここからブンデスリーガで自分の場所をつかむチャンスがある。そしてマインツにも、違うGKを中心に守備の形を調整していく時間がある。

これから数週間、「松本が後ろにいてくれたら」と思い続けているわけにはいかない。

シーズンは待ってくれない。

ただ、この負傷によって、日本人GKがこのプロジェクトでどれだけ重要な存在になっていたのかは、よりはっきりした。

2024年に松本がWEリーグを離れたとき、彼女は日本ですでに築いていたプロキャリアを手放し、当時まだドイツのトップリーグから遠く離れたカテゴリーにいたクラブへ飛び込んだ。

そこから2度の昇格。

そして16,500人が集まったMEWAアレーナで、マインツのブンデスリーガ正GKとしてピッチに立った。

それだけでも、かなりの旅じゃん。

そこに今、望んでいなかった中断が入る。

マインツの目標は、難しいスタートがもっと深刻なものになってしまわないよう、松本不在の数週間を乗り切ること。

松本の目標は、もっとシンプルだ。

治す。

だって開幕5試合でひとつ分かったことがあるとすれば、マインツにはまた背番号1が必要になるということだから。

たぶん、彼らが思っているより早く。

そして復帰した日には、温泉にでも浸かって「いやあ、長かった」と言いたくなるくらい、まずは焦らずしっかり治してほしい。

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