竹内愛未が、スフィーダ世田谷の選手になった。
でさ。
これ、全然悪くないじゃん。
なぜこんなことを言っているかというと、日曜日に伊賀FCくノ一三重に1-2で敗れたあと、スフィーダ世田谷というクラブが一体どこへ向かっているのか、怒ったり、ガッカリしたり、悲しくなったり、ちょっと混乱したりしていたからだ。
でも、もう落ち着いた。
温泉にでも浸かったあとのように、だいぶ頭も冷えた。
というか、その敗戦の記事を書きながら、調べものをしてはスフィーダ公式サイトを覗き、また調べてはちょっと切ない気持ちで公式サイトに戻る、という作業を繰り返していたら、ニュース欄に突然、新しいものが現れた。
20歳のFW、竹内愛未。
シンガポール王者ライオン・シティ・セーラーズから、スフィーダ加入。
ということで、スフィーダ、ライオン・シティ・セーラーズ、竹内本人、ご家族、そしておそらく数十人くらいのサッカー関係者を除けば、この移籍を世界で最初に知った人間は自分だった、ということにしておく。
違うという証拠はない。
それより大事なのは、スフィーダが昨季リーグ戦で60ゴールを決めた選手を獲得したことだ。
そう。
60。
60ゴール。さすがにこれは調べるしかない
竹内は、かなりとんでもないシンガポールでのシーズンを経て東京へやって来る。
浦和レッズレディースの育成組織でプレーしていた竹内は、その後ライオン・シティ・セーラーズへ移籍。そして相手DFからすれば、かなり面倒な存在になった。
2026年のウィメンズ・プレミアリーグでは16試合で60ゴール。ライオン・シティのリーグ優勝に大きく貢献し、得点王争いでは2位に17ゴール差をつけた。
ライオン・シティが16試合で決めたゴールは166。
そのうち、竹内と同じ日本人FW北川恵理の2人だけで93ゴール。
「得点量産」という言葉では、もう足りない。
この数字を入れるために、ゴジラ級の新しい統計カテゴリーでも作ったほうがいい。
4月4日のホウガン・ユナイテッド戦。20-0。
竹内、9ゴール。
タンジョン・パガー戦では6ゴール。そしてティオン・バルーを12-0で破った試合でも6ゴール。
さらに最終節、再びホウガンを20-0で下した試合では5ゴールを決めた。
1試合5ゴール。
普通なら十分おかしい。
でも考えてしまう。12-0の試合で6点取るほうが、20-0で5点取るよりすごいんじゃないか?
こういう問題を真剣に考えるために、サッカージャーナリズムは生まれた。たぶん。
で、この60ゴールには、かなり分かりやすい二つの説明がある。
ライオン・シティ・セーラーズが、シンガポールリーグの多くの相手に対して強すぎた。
竹内愛未も、シンガポールリーグの多くの相手に対して強すぎた。
まあ、両方なんだろう。
シンガポールの順位表、ちょっとエグい
ここで、60ゴールという数字を少しだけ冷静に見ないといけない。
これはシンガポール女子サッカーを下に見る話ではない。むしろ逆だ。
「60」という数字を眺めて、すげえ、で終わらせず、本気で竹内の記録を評価するなら、それが生まれた環境まで見る必要がある。
2026年の順位表を見ると、かなりすごい。
ライオン・シティの得失点差は+162。
アルビレックス・ジュロンは+134。
反対側を見ると、ホウガン・ユナイテッドが-107、バレスティア・カルサが-80、タンジョン・パガーが-67。
ライオン・シティはリーグ戦1試合平均で10点以上取っている。
これは、普通の戦力バランスではない。
竹内自身も、その違いは認識している。
海外での経験を振り返り、こう話している。
まあ、そうだよね。
とりあえず、アウェーの朝日インテック・ラブリッジ名古屋戦は、ホウガン相手に5点取るのとは少し違う問題を出してくるはずだ。
スペースはもっと早く消える。DFの組織は整っている。フィジカルの圧力も強くなる。
シンガポールで何度も見つけてきた、ほんの一瞬のシュートコース。それも、もっと速く閉じる。
なでしこリーグ1部のほうが、単純にレベルは高い。
だからといって、竹内がシンガポールでやったことの価値が消えるわけじゃない。
むしろ、ここからが面白い。
ただの「格下狩り」で片づけるのも違う
苦戦するシンガポールの守備陣を何度も破壊しただけの選手、と竹内を片づけるのもフェアじゃない。
アジアの舞台も経験している。
AFC女子チャンピオンズリーグでは、オディシャFC戦で83分にゴール。
そして、優勝争いが本当に苦しくなった試合でも仕事をしている。
6月12日のアルビレックス・ジュロン戦。相手は14連勝中だった。
そこで竹内は2ゴール。ライオン・シティが4-2で勝利した。
ひとつはPK。そしてもうひとつは90分、勝負を決めるゴールだった。
そして、竹内という選手そのものにも面白さがある。
身長は156cm。
浦和の育成組織では、最初から典型的なストライカーだったわけではなく、MFとして育ってきた。
本人による自分のプレーの説明が、またいい。
「自分の強みは守備……ネズミのように走り回って、技術を使いながらゴールにつなげること」
なるほど。
スフィーダ、点を取るネズミを獲得したらしい。
好きです。
しかも、ちゃんと理屈がある。低い重心、加速力、そして技術的な土台があるから、密集した場所でも鋭く動ける。
そしてスフィーダにとってもっと重要なのは、ペナルティーエリアで誰かがチャンスを作ってくれるのを待つだけのFWではないこと。
前から追える。ボールがない時も働ける。
60ゴールは、頭上でピカピカ光ってる巨大な看板みたいなもの。
でも、その下にある浦和での育成経験のほうが、最終的には大事になるかもしれない。
でもさ、スフィーダに必要なのって本当にもう一人の点取り屋?
ここで、自分の中のワクワクが自分自身とケンカを始める。
だってスフィーダ、もう点は取れてるじゃん。
内田美鈴はリーグ戦12ゴール。なでしこリーグ1部の得点ランキング2位につけている。
堀江美月も8ゴールで6位。しかも最近はベンチスタートになる試合もある中で、この数字だ。
そこへ、シンガポールで60ゴールの竹内。
最高。
ところで、センターバックできます?
伊賀戦の問題って、点が取れなかったことじゃないんだよね。
内田がまた素晴らしいゴールを決めて1-0。
それでも1-2で負けた。
形は違っても、こういうことが何度も起きてる。
もちろん、危険なアタッカーをもう一人増やすこと自体が、スフィーダを守る方法になるという考え方もある。
2点取れば、守備のミスひとつのダメージは小さくなる。
竹内が前線から追えば、相手も簡単には攻撃を組み立てられなくなるかもしれない。
でも、別の考え方もある。
このリーグをすでに知っている選手。相手FWの特徴を知っている選手。そして、こっちのゴールにボールが入るのを止めてくれる選手。
そっちが必要だったんじゃない?
公式戦64ゴールを引っ提げてやって来るFWほど、DFの補強は派手じゃない。
でもさ。
野菜だって食べたほうがいい。
このあたりについては、もう少し深掘りして日本語でも話してみた。
シンガポールから世田谷へ
それでも、竹内が選んだ道には素直に惹かれる。
若くして日本を出た。
巨大な日本の育成システムの中で「次の一人」になるのではなく、シンガポールへ行った。
違う文化。違うリーグ。違う役割。
そこで適応して、そのリーグで最も破壊力のあるゴールスコアラーになった。
言葉の壁もあった。
最初はフィニッシュに不安もあった。
チームメイトの北川恵理との共同生活もあった。
そして最後には、エッグプラタとチキンライスと、リーグ戦60ゴールが残った。
日本を出た時と同じ選手ではない。
そこ、大事だと思う。
成長って、国内の階段を一段ずつきれいに上がることだけじゃない。
実際に試合に出られる場所へ行く。ミスする。とんでもない数のゴールを決める。責任を背負う。
「レベルが高い」とされる環境の中で順番を待ち続けるより、そっちのほうが選手を大きく変えることだってある。
女子サッカーでは、似た話を何度も見てきた。
ブランドや肩書きと同じくらい、プレーする機会が大事になる。
だって、試合に出ないままの「成長」は、いつか理論だけになっちゃう。
竹内は出場時間を手に入れた。
で、面白いのはここから
だから、もちろん楽しみだ。
竹内には世田谷に来て、バンバン点を取ってほしい。
そして数週間後、「シンガポールの戦力差が……」なんて慎重に書いたこのセクション全部を、恥ずかしい過去にしてほしい。
でも、シンガポールで60ゴール取ったからといって、なでしこリーグで20ゴール取れるわけじゃない。
10ゴールだって保証されない。
何も保証されていない。
分かっているのは、スフィーダが20歳の日本人FWを獲得したということ。
すでにアジアの舞台を経験している。
シニアのリーグタイトルを獲得している。
外国人選手として海外でプレーするプレッシャーも経験した。
そして、ちょっと笑ってしまうくらいボールをゴールに入れ続けてきた。
その竹内が今、自分にもっと難しい問題を突きつけてくるリーグへ戻ってくる。
だからこそ、この移籍は面白い。
竹内愛未がシンガポールを攻略できることは、もう分かった。
次に知りたいのは、その経験から何を持ち帰ってきたのか。
もし60ゴールの一部でも、なでしこリーグに持ってこられるなら。
スフィーダ、とんでもなく面白い選手を見つけたのかもしれない。
もし、そうならなかったら。
ちょっと気まずいけど、あの質問に戻る。
で、反対側のゴールを守る選手は、誰を獲るんですか?


