土曜日。
朝4時。
普通の人ならまだ寝ている時間だ。
多くのサッカーファンはワールドカップの夢でも見ていたかもしれない。
そんな時間にアイスコーヒーを作って、スフィーダ世田谷対ASハリマアルビオンを観る準備をしていた。
客観的に見れば、ちょっとおかしい。
たぶん、その通りだ。
でも自分はこっちを選ぶ。
ワールドカップには華がある。
莫大な予算がある。
終わりのない話題もある。
でもスフィーダには別の魅力があるじゃん。
平日は普通に働いているかもしれないゴールキーパー。
選手の名前をみんなが知っているサポーター。
そして来季からFC東京Sfidaになる前、独立した「スフィーダ世田谷」として戦う最後のリーグ戦。
サッカーは年々スケールを追い求めている。
もっと大きなスタジアム。
もっと大きな観客数。
もっと大きな移籍金。
それなのに、夜明け前のイギリスで、地球の反対側の試合に心を揺さぶられている。
それはたぶん、本物だからだ。
内田美鈴の200試合出場。
渡辺菜々の存在感。
駒沢での最後のリーグ戦。
全部が特別だった。
だからこそ、サッカーはまた別の結末を用意していた。
内田美鈴、特別な一日
日本サッカーの好きなところのひとつは、選手をちゃんと人として扱うところだ。
キックオフ前、内田美鈴のリーグ通算200試合出場を祝うセレモニーが行われた。
花束。
記念品。
家族の姿。
写真撮影。
拍手。
誰も急いでいなかった。
それがなんだか良かった。
サッカーは次の試合へ向かって走り続ける競技だけど、こういう時間も必要だと思う。
そして、その日をさらに特別にしたのが内田自身だった。
節目の試合。
古巣との対戦。
そしてゴール。
出来すぎている。
本当に出来すぎている。
それに、この日はGo Greenイベントも開催されていた。
クラブにとっても、選手にとっても、特別な空気が流れていたんだよな。
渡辺菜々、今日も異常に上手い
最近の記事で毎週のように渡辺菜々の話を書いている気がする。
でも仕方ない。
毎週すごいから。
渡辺の守備を見ていると、翌日の新聞を先に読んでいる人みたいなんだよね。
危険が起きる前にそこにいる。
クリアする。
競り勝つ。
中盤まで出ていく。
カバーする。
問題になる前に問題を消してしまう。
前半には彼女らしい場面もあった。
ハリマの川崎紗矢が転倒し、苦しそうに倒れた時だ。
誰よりも早く駆け寄っていたのが渡辺だった。
サッカー選手である前に、人として動いていた。
そういうところも含めて、多くの人に愛される理由なんだと思う。
守備者として素晴らしい。
人としても素晴らしい。
そんな90分だった。
少しずつ試合が動き始める
長い時間、この試合は0-0で終わりそうだった。
両チームとも慎重だった。
ボールは回る。
でも決定機は少ない。
ゴールキーパーも暇そうだった。
そんな流れを変えたのがスフィーダだった。
内田美鈴から加藤沙彩へ。
加藤が前へ運ぶ。
鋭いクロス。
そして堀江瑞稀。
ヘディング。
1-0。
派手なゴールではない。
でも良いゴールだった。
スフィーダが少しずつ主導権を握り始めていた時間帯だったからだ。
ハリマはなかなか前へ出られない。
駒沢の空気も徐々に高まっていく。
このまま特別な一日になる。
そんな予感があった。
荒川優乃花が試合を終わらせなかった
この日のベストシーンは2点目かもしれない。
得点そのものではない。
その前だ。
ボールはラインを割りそうだった。
普通なら終わる。
でも荒川優乃花は諦めなかった。
途中出場したばかりだった彼女は全力で追いかけた。
残した。
かわした。
運んだ。
止まりかけていた攻撃を再び動かした。
まるで職人が止まった時計をもう一度動かすみたいに。
そして最後は内田美鈴。
ゴール。
2-0。
駒沢が揺れた。
スタンドが沸いた。
選手たちも喜んだ。
完璧なシナリオだった。
少なくとも、その時までは。
終わったと思った瞬間が危ない
サッカーは「終わった」と思った瞬間に牙をむく。
スフィーダが油断したのかは分からない。
でも流れは変わった。
ハリマはロングボールを増やした。
より直接的に。
より強引に。
より前へ。
スフィーダは少しずつ押し込まれていく。
浜田貴司監督はこれまで何度も試合運びやマネジメントについて話してきた。
焦らないこと。
時間を理解すること。
試合を閉じること。
その言葉が頭をよぎった。
試合が少しずつ手からこぼれていく。
一気ではない。
じわじわと。
気付いた時には遅いやつだ。
千葉園子、そして嫌な記憶
大半の時間、千葉園子は抑えられていた。
でもストライカーってそういうものじゃない。
一瞬で全部を変える。
83分。
千葉が決める。
2-1。
嫌だった。
でも、まだ大丈夫。
そう思っていた。
ところがハリマは勢いを増していく。
赤いユニフォームが増えたように見える。
ロングボールが飛んでくる。
プレッシャーも増える。
嫌な空気が漂う。
そしてアディショナルタイム。
スローイン。
混戦。
千葉園子。
また千葉園子。
2-2。
正直、かなりキツかった。
ハリマが圧倒していたわけじゃない。
スフィーダが劣っていたわけでもない。
ただ、勝利が見えていたから。
手の中にあったから。
だから苦しい。
でも思い出してほしい。
昔のスフィーダなら、この展開で負けていた。
そう考えると、少しだけ前向きにもなれる。
さようなら、駒沢
試合終了。
握手。
そして静かな時間。
祝賀会みたいな空気は消えていた。
残ったのは悔しさだった。
独立クラブとしての最後の駒沢リーグ戦。
結果は2-2。
でも気持ちは敗戦に近かった。
それでも、この結末はどこかスフィーダらしかった気もする。
このクラブはいま境界線の上に立っている。
地域密着のセミプロクラブ。
そしてFC東京Sfidaという新しい未来。
まだ完全にはどちらでもない。
だからこそ揺れている。
来年、新しい時代が始まる。
駒沢は思い出になる。
最後のページには花束があった。
記録達成があった。
ゴールがあった。
大観衆がいた。
相手の執念もあった。
そして誰も望まなかった結果もあった。
美しい時間もあった。
悔しい時間もあった。
温泉に浸かった帰り道みたいに、心が少し軽くなったり重くなったりする午後だった。
結局、サッカーってそういうものなんだと思う。
そしてスフィーダの物語は、まだ終わらない。
キングギドラみたいに何度倒されても、また立ち上がるんだから。
